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管理人の英語学習経歴を紹介します

  • 2018年11月3日
  • 2018年11月3日
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こんにちは、本サイト管理人のmartinです。

本記事では僕の英語学習の経歴というか軌跡というか辿ってきた道を紹介したいと思います。

僕自身、帰国子女や幼児期の留学という特別なバックグラウンドは一切無く、
むしろ、大学時代の基礎科目英語の授業では10クラス中最下位のクラスに属していて、その中でも友達に宿題の答えを見せてもらうくらい英語が苦手で嫌いでした。

だいたい20歳から勉強を独学で始めた時も、周囲からは”絶対無理だよ”と呆れられていたくらいです。

この経歴により記事やサイトの信頼性が保たれることと、今ダメでもやればできるんだと思ってくれる人が出てきてくれることを願って書きたいと思います。



13歳 嫌いな科目は英語

中学1年生から義務教育として英語の授業が始まり、同時に僕の英語学習はスタートを切りました。
それ以前には特に英語の勉強はしていなかったと記憶しています。

最初はとにかく単語が覚えられなくて、塾とかでも居残りさせられたことを鮮明に覚えています。

高校時代は、平均点を少し下回るくらいの成績でした。

基本的に部活ばっかりやっていたので、英語はテスト前に単語だけ詰め込んであとはどうにかなるだろっていうスタンスでしたね。

詰め込んだだけの単語なので当然記憶には残らず。

なお、付属校に通っており大学受験はしなかったので、本当にこの時の英語力は無に等しいです。

18歳 大学入学、英語クラスは最下位

付属高校で受験無しで大学へいったため、周りと比較するとかなり低い英語力でした。
大学受験で英語をしっかり勉強してきた人たちはやはりスピーキングをのぞいてみんなけっこう出来ます。

1年時は基礎科目として英語があり、TOEICの試験でクラス分けされます。

合計10クラス程度あったのですが、僕は一番下のZクラス!!
その中でもなんとか単位は回収するくらいの落ちこぼれです。学科の友人には帰国子女とかいて、なんか羨ましかったですね。

この頃から、
「英語は一生使わないで行きていこう」「何故、日本にいる日本人なのに英語を勉強する必要なんてあるんだ??」
と考え始めました。

21歳 ここで英語に目覚める

・バックパッカーで英語に目覚める

大学3年の夏休みに友人と二人で、東南アジア一周の旅にノリで出ました(タイ、カンボジア、ベトナム、マレーシアを1ヶ月ほどで周遊する)。

毎日が新たな出会い、カルチャーショック、ワクワクドキドキに包まれたこの1ヶ月は本当に最高の思い出です。
一緒に言ってくれた地元の親友ありがとう!

そしてこれがキッカケでバックパッカーにハマり、英語を話せればもっと色んな国にいって色んな人達と仲良くなれるかも!と思って、独学でゆるーく始めます。

ガチで中学英語の単語帳からスタートして、僕の英語力を周囲の人たちからは”何を今さらやってるの馬鹿じゃないの、やめたほうがいいよ”と言われました。

今ではここまで成長したので、周りの消極的な意見なんて気にせず自分の信じた道を進むのが一番だと感じます。

・フィリピン留学に行ってみた。

友人がたまたま行っていたのをツイッターか何かで見て話を聞いてみて、これは良い!と思い3年時の春休みを使って1ヶ月間留学に行きました。

東南アジア自体がけっこう好きだったので、フィリピンは初めてでしたが特に不安は無かったです。

入学試験のTOEICは300点くらいで悲惨でした。

当時はVerb(動詞)っていう単語の意味がわからなくて先生から「そんなこともわからないのか!日本へ帰れ!」と怒られたことを覚えています。(ジョークの一貫ですが!)

今から思うとこの期間で根本的な英語力はそんなに上がっていないのですが、スピーキングは格段に出来るようになりましたし、なにより英語アレルギーは完全に無くなり、もっと英語を勉強したい!と思うようになりました。
これが一番の収穫だったのではと思います。
留学はモチベーションを得る場所でもあります。

ちなみにこの留学後はすぐにタイに一人でバックパッカーしに戻ってきました。
初回の旅と違って、英語のネイティブスピーカーの人達や沢山の外国人と仲良くなることが出来ました。

こうして、英語学習熱にさらに火が点って、卒業後は何かしらの形でまた海外に行こうと勝手に自分の中で決定(周りには報告せず・・・どうせこういう事話してもポジティブな意見は帰ってきませし。。)

卒業後の海外を目指して日本でも英語学習を継続する。
親を納得させるためにとりあえず形だけ大学院に進学して、即休学してまた海外に出ます。

23歳 大学新卒で海外に出る

・大卒後にフィリピンの英語学校でインターンに

以前1ヶ月通った英語学校のインターンに応募したら合格したので大学卒業後にすぐにその学校でインターンとして働き始めました。

フィリピン語学学校のインターンは一般的に、4時間仕事をする変わりに4時間の授業を無料で受けることが出来ます。寮と食事も付いてます。

ちなみにインターン入学時のテストではTOEIC400点くらいでした。日本で少しやったかいあって昔よりかはマシな英語力が付いていました。

そしてそのままその英語学校で、インターンマネージャー、マネージャーと昇進して正社員としてフィリピンセブ島で就職することになりました。マネージャーになった時にはTOEIC800点越えを取得しました。

大学前半の時代までは、まさか僕が英語関係の仕事に就くなんて誰も想像していなかったことでしょう。

当時は絶対やりたくないと思っていたくらいなので・・・。

本当に何があるかわからないもんですよね・・・。

インターンの時期としては合計1年間ほどですが、この期間は本当によく勉強しました。
海外にいるからといって自動的に英語力が上がるなんて話はありません。

もちろん環境としては恵まれていますが、結局自分で勉強しないとしっかりした英語力は付きません。

平日夜はもちろんのこと、週末も生徒の空港お迎えの業務合間を見てほぼほぼ勉強時間に充てていました。

24歳   TOEIC900点超えを達成

・フィリピンの大学院に通って挫折する

ある事がキッカケでフィリピンの大学院に通うことになりました。
ちなみにフィリピンの大学と大学院では授業は完全に英語で行われます。

その頃にはTOEIC800点後半くらいはあったので、なんとかなるだろうと思っていたのですが、英語力としてはまったく歯が立たなかったです。

それで自分の英語力なんてほんとにまだまだでもっと勉強しないといけないと思いました。

TOEIC800で若干天狗になっていた感があるので、この時点で鼻をへし折られて本当に良かったと今では感じます。

仕事の関係もあり、最終的にはフィリピンの大学院は中退ということで終わりを告げるのですが、今は30過ぎくらいに英語圏の大学院でマスターを取得したいと考えています。

・同年にTOEIC945点を獲得。セブ島でTOEIC講師、学習アドバイザーに

仕事をしながら勉強を継続して、2016年にはTOEIC945点を取ることができました。

現地スタッフとのやり取りは全て英語なので、環境も良かったと思いますが基本的には努力だと思います。
セブ島に5年間住んで仕事をしていて、TOEIC600くらいの人も知っていますし。。

ここから学校でTOEICのグループ授業を受け持つようになり、英語学習のアドバイザーとしてのタスクも始まりました。

まさか自分が人に英語を教える日が来るなんて本当に驚きです。
学校の生徒には自分よりも年上の社会人が多かったので、けっこう緊張しましたが良い経験になりました。

25歳〜 日本へ帰国 今後の目標

2018年からは日本に戻って国内化。
現在は日本に住んで、日本の企業で建築士として働いています。

英語の学習は今後も継続する予定です。
明確な方針・方法とやる気さえあれば、日本でもまったく問題ありません。

前にも書きましたが、また海外で仕事はしたいですし、英語圏での大学院進学にチャレンジしたいと思っているので、当面の目標はここになりそうです。

あとはどこの言語かはまだ決めていないですが、3ヶ国語目にもチャレンジしたいと思っています。(実は既にフィリピン中部のビサヤ語を少し喋れたりする・・・)

言語は短期間で急に出来るようになるわけではなく、継続することが全てです。
今後も英語学習は地道に続けていきます。

そして英語に関しては元落ちこぼれだった僕だからこそ発信できる情報や、仕事をしながら英語を取得した経験など、自分なりの経験をもとに有益な情報をここで発信していければと思います。

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