バレなければ大ごとにはならない

アバンチュールがバレた、バレなかったなどという会話は、結婚して長くライフを共にしていれば、一度や二ごとはあるかもしれません。ただ、ここで重要になることは、アバンチュールがバレたことというのは、いったい何を道理としてアバンチュールをしていたことが相手にわかってしまったのか、という位置でしょう。

とどのつまり、アバンチュールをしていたとしても、バレなければ大ごとにはならないわけですし、また、仮にアバンチュールをやることに感づかれてしまったとしても、明確な論拠がなければ、アバンチュールをしていたことにはならないとも言えるはずです。

アバンチュールをやることに感づかれて仕舞う原因となるのが、メールだ。たとえば、メールに書かれているパーツに、「また次回会いましょう」というひと言があれば、これはもう確実に疑われることになるわけです。

ただ、たとえば奥様に、「また次回あいましょうって、いかなる場所なの?」と訊かれただけで、「すいません、浮気していました」などとサッパリ白状して仕舞う男性など、ほとんどどこにもいないと思います。洩れるかバレないかはわからないけれど、とりあえずは「いや、これは違うんだよ・・・」などと仮に私の潔白(のフリ)の証明を試みようとするでしょう。

そして実は、もしもアバンチュール仲裁などの公判になってしまったときにも、このことは非常に要素になります。つまり、何とかメールに「また次回会いましょう」と書かれていたとしても、それだけではアバンチュールを決定づける証拠にはならない、ということが呼べるのです。

一際言ってしまえば、「次回また宿屋に行きましょう」と書かれているメールが届いたとしても、それがアバンチュールの証拠になるかというと、そんなふうにはならないのです。さらにもっと言えば、再度一段と詳細に、宿屋で行ったことについて書かれたメールが届いていたとしても、これがアバンチュールの証拠になるのかと言えば、残念ながら公判ではこれを論拠とすることはできません。

なぜなら、本人が、「いや、宿屋なんか行っていないよ」とか、「やむなく、そんなことした覚えはないよ」とシラを切り通してしまえば、残念ながらその時点でメールのパーツなど論拠としての効果は消えてしまうのです。

予め、アバンチュールの論拠を動かぬ一品とするためには、職場を突き止め、その写真などを目の前に提示するくらいの要求はミニマムあるといえます。そして、そこまでするのであれば、何しろ探偵会社などの力を借りなければならないだろうという仮定には、おおかた容易いでしょう。

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